リベルテが無料にこだわる理由

Column

無料塾のはじまり

「なぜ無料ではじめようと思ったんですか?」

「そもそも無料塾なんて必要あるのかなって思います」

「うまくいけば、いつかはお金をとるようになってもいいんじゃないですか?」

リベルテの代表をはじめてから、ありがたいことにたくさんの方とのつながりを持たせていただけるようになりました。そのなかで、必然的にさまざまな問いかけやアドバイスをいただくことも多くなりました。そして、上記は何気ない会話の中で投げかけられたご質問やご意見の一部です。

「なぜ無料で学習支援を行う必要があるの?」

は恐らく、誰にとっても素朴な疑問で訝しいと思えるポイントなのだろうなと時々感じます。
答えはとっても簡単です。

「わたしが子どもだった時代に、そういった教育の現場がほしかったから」。

閉ざされていた不登校時代

代表のわたし自身もやや発達特性を持っています。そのため、人間関係の不和がきっかけで中学時代から不登校を経験しました。しかし、どちらかというと勉強は昔から好きな方でしたので、中学校の授業をぜんぶ受けられたらよかったなといまだに後悔が残っています。

高校も、定時制や通信制でなく、全日制に通ってみたかった。

その頃は、出席日数が足りなければ全日制への進学はむずかしい時代でした。不登校児の選択肢は定時制か通信制か、それもごく限られた一部の高校のみだったのです。通信制高校や定時制高校が悪いわけではありません。ただ、「選べる自由」があれば良かったなと思いました。

大学は、努力をすれば今からでも通えるようになるかもしれません。しかし中学・高校時代に今から戻ることは不可能です。

もっと教育を受けたかった。苦しくても怖くても、耐えてクラスに入っておけばよかった。そうした後悔が残る一方、学校以外でも教育を受けられる場があったら良かった、という思いから、無料塾というかたちでのボランティア団体の立ち上げに至ったのでした。

学びの多様性と教育

「不登校=怠け、不良」だった閉ざされた時代。そこから打って変わり、「学びの多様性」が求められる昨今の社会の中で、フリースクールや放課後等デイサービスなど、発達特性のあるお子さまや不登校の子どもたちが通える居場所や選択肢は、かなり増えてきたのではないかと感じます。

それ自体はとても喜ばしいことです。実際に、そうした場所に通っている子どもたちが、楽しそうに過ごしているところを拝見する場面もあります。その笑顔を見ているとほんとうにこういった場所がたくさんあってよかったなと感じます。

ただ、学習支援の観点から見ると、まだまだ課題が残されているのではないかとも感じます。

義務教育で学習する内容はすべての学習の基礎や根幹です。また、学童期や青年期に学習を通して勤勉性を身につけておくことは、こころや脳の発達においても特に重要であると考えられます。

体験学習が行える場所、社会的スキルを学ぶことができる場所は増えているように感じます。しかし、学習指導を受けることができる場所は、まだまだ限られているのではないでしょうか。さらに発達特性のある子どもや不登校の子どもたちが個別で教育を受けられる機会は、ますます十分でないように思います。

教育は、誰にでも平等に開かれているべきです。子どもたちの学ぶ機会や場所を、わたしたち大人、ひいては社会のシステムや制度が、奪ってしまってはいけないと思うのです。

教育に「特別」も「普通」もない社会へ

みなさんは、インクルーシブ教育ということばをご存じでしょうか?

「インクルーシプ教育」とは、障害の有無に関わらず共同の場を設定し、そこで行われる平等かつ包括的な教育※1だと言われています。ノーマライゼーションが進化した、新しい教育の概念だそうです。2013年にはすでにこうして論文の中にも登場しています。しかし、わたしはこの言葉を最近まで知りませんでした。

障害がある子もない子もみんな一緒に学ぶことで、それぞれの特性や違いを身近に感じお互いを理解し合うことができる、すべての子どもに平等に学ぶ機会を提供できるという利点があるようです。しかしながら、それを教育現場で実現するには、多くの課題が立ちはだかります。

インクルーシブ教育実現に立ちはだかる課題

例えば、多様なニーズに対応するための十分な研修や人員配置がまだ整っていないこと。また、ひとつの教室に異なる背景を持つ子どもたちが集まることで、授業の進行が難しくなったり、支援が行き届かなくなったりする懸念も指摘されています。

さらに、学校の設備面や教材の対応など、環境面の課題も残されています。また、一部の子どもに合わせることで、他の子どもたちの学びが制限されるのではないかという不安の声も少なくはありません。

それでも、私たちが目指すべきこと。
それは、誰もが安心して学ぶことのできる教育の場をつくることです。

インクルーシブ教育とは、単に障害の有無という枠組みにとどまらず、
貧困、ルーツや言語、家庭の事情、不登校、発達特性――
あらゆる違いを認め、すべての子どもたちをひとつの「教育」という場に迎え入れることである。
とわたしは考えます。

教育に「特別」も「普通」もなく、すべての子どもたちの学びたいという意思が尊重され教育を受ける機会が得られること。それこそがこれからの社会に求められる本当の意味での“共生”なのだと思います。

※1 日本の特別支援教育におけるインクルーシフ教育の現状と今後の課題に関する文献的考察 一現状分析と国際比較分析を通して一(韓 昌完ら、2013)

公平な学習機会の提供と、教育格差の是正を目指す

教育を受けることは、誰もが生まれながらにして平等に持っている「権利」です。
実際のところ、子どもたちが置かれている環境はそれぞれに違いがあります。その「スタートライン」は決して平等とは言えません

経済的に困窮している家庭。家庭内トラブルを抱える家庭。発達特性を持つ子ども。学校に通っていない子ども。外国にルーツを持ち日本語を母語としない子ども――。さまざまな背景が、子どもが教育を受ける機会を奪い、教育格差を広げてしまう原因となっているのが、今の日本の現実です。

だからこそわたしは、教育が平等であるためには、まずは無償であることが必要条件なのではないかと考えています。

学校や有料の塾以外にも、学びたいと願う子が、安心して学べる場所があること。無料塾は、子どもたちが決して取り残されることのないように、「ここで学んでいいんだよ」と伝える場所です。

それは単なる「学力の保障」ではなく、その子の将来の選択肢を守ることにほかなりません。

家庭環境や特性の有無にかかわらず、誰でも教育を受けることができる社会。理想論かもしれませんが、自分の手の届く範囲からできることは必ずある。とわたしは信じています。

「無料であること」は、活動の出発点であり、揺るぎない信念

「無料であること」は、リベルテの原点であり、変わることのない信念です。

もちろん、無料塾だけで社会のすべての教育格差をなくせるわけではありません。しかし、こうした活動が全国に増え、一人ひとりの声や実践が積み重なっていくことで、教育のあり方そのものを社会全体で問い直す動きへとつながるはずです。

「学びたい」と願う気持ちがある子を、ひとりも取り残さない社会。
その未来を信じて、私はこれからも、小さな場所から教育の可能性を育てていきたいと思います。

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